※朝日新聞デジタル:WEBRONZA 2015年01月31日


 「イスラム国」による日本人拘束事件は、安倍首相が掲げる「積極的平和主義」によって日本人が中東で敵視される危うさを露呈させた。

 事件は、安倍首相の中東歴訪のさなかで、それも首相のカイロでの演説を受ける形で起きた。「イスラム国」が後藤健二さんと湯川遙菜さんの二人を並べて「72時間以内に身代金2億ドルを払え」という動画メッセージを出した時、覆面をした戦闘員はナイフをかざしながら、「日本が(欧米の)十字軍に参加した」と非難した。

 この後、エルサレムで行われた安倍首相の記者会見では、日本の2億ドルの支援について「非軍事的な分野」で、「地域で家を無くしたり、避難民となっている人たちを救うため、食料や医療サービスを提供するための人道支援です」と強調した。

 日本でも「『イスラム国』は日本が戦争に参加していると誤解している」という論調がかなりあった。しかし、中東での報道をみるかぎり、日本の立場についての「誤解」は日本の側にあるというしかない。

 邦人二人を人質にとり、身代金を求めて、湯川さんを殺害した「イスラム国」の行為は明らかなテロであり、決して許されない。この原稿を書いている1月30日時点で、残った後藤さんは解放されていない。後藤さんが無事に解放されることを祈るが、日本人が「敵視」されたこの事件を考えるうえで、今回の安倍首相の中東歴訪の意味を考察する必要がある。

 安倍首相はカイロでの「中東政策スピーチ」の中で、「イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISIL(『イスラム国』)がもたらす脅威を少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」と述べている。

「イスラム国」が声明の冒頭で映したBBCアラビア語サイトで安倍首相のカイロ訪問。「安倍は非軍事的援助で『イスラム国』への戦争を支援」とある拡大「イスラム国」が声明の冒頭で映したBBCアラビア語サイトでの安倍首相のカイロ訪問。「安倍は非軍事的援助で『イスラム国』への戦争を支援」とある=筆者提供
 「イスラム国」の最初のビデオの声明では、冒頭に安倍首相の中東歴訪を伝えるNHK国際放送の画像とともにBBCのアラビア語インターネットサイトが映し出される。

 そのBBCニュースはアラビア語で「安倍は非軍事的な援助によって『イスラム国』に対する戦争を支援する」という見出しになっている。

 BBCのニュースは首相のスピーチを受けたものだ。

 見出しは「非軍事的」なものであることを承知した上で、日本が「イスラム国」に対する「戦争(ハルブ)への支援」という言葉をつかっている。

 「イスラム国」は、日本が「戦争支援」と強調するためにBBCの見出しを選んだと思うかもしれないが、カイロ発のロイター通信のアラビア語版は「安倍は『イスラム国』と戦う中東諸国に財政支援」という見出しになっている。

 さらにサウジアラビア系でアラブ世界有力紙「アルハヤート」は「日本:『イスラム国』と戦う諸国への支援に2億ドル」である。アラビア語衛星放送アラジャジーラのインターネットサイトの見出しは「『イスラム国』と戦う国々に日本の支援」。サウジのインターネットニュースサイト「サキーナ」は、日本の大きな地図を掲げて、「日本が『イスラム国』との戦争に財政支援」とある。

 どのニュースをみても、大きな見出しになっているのは、「日本が『イスラム国』との戦争を支援」である。「イスラム国」が脅迫ビデオで使ったBBCアラビア語版の見出しには「非軍事的な援助」という説明がついているだけ、日本の意図を反映し、より正確といえよう。

 しかし、「非軍事的な支援」であっても、「戦争」に加担していると受け取られている。日本の意図を曲解する必要もないアラブ諸国のメディアが一斉に、「イスラム国」との戦争を日本が支援するという意味付けをしているのである。

 外務省のホームページにあった安倍首相が行ったヨルダンメディアとのインタビューで語った内容について「日本は、『積極的平和主義』の下、非軍事的な分野で力強く支援していく。ISILと闘う周辺各国に2億ドル程度の支援を実施」と語ったと書いている。

 これはカイロでのスピーチと同じ内容だが、安倍首相自身が、あちこちで「『イスラム国』との闘い」に対する日本の財政支援を強調していることがわかる。

 「イスラム国」が日本の立場を「戦争支援」と誤解しているというならば、BBCもロイターも、さらにすべてのアラブ諸国のメディアが誤解しているだろう。

 さらに、中東のメディアのほとんどすべてが、関係する政府の影響下におかれていることを考えれば、メディアの論調をみる限り、アラブ世界の政府も日本の立場を誤解していることになる。

 もちろん、日本政府が「イスラム国」への戦争の支援を約束したと理解したとしても、後藤さんら民間人二人を人質にとり、身代金を要求し、一人を殺害するという「イスラム国」の残虐な行為については、私も「言語道断の許し難い暴挙」だと考える。

 しかし、「イスラム国」に対する米欧、アラブ諸国の「有志連合」による空爆が続き、まさに「戦争」が進行中という状況で、日本の首相が中東を回って、「日本は戦争を支援する」と、国際的に受け取られるような立場をとったことが、戦争に関わらない「平和主義」を信条とする日本と日本国民にとって適切な外交であったかどうかは問われるべきである。

 安倍首相は今回の中東歴訪でも持論の「積極的平和主義」を繰り返したが、「日米同盟の強化」を基盤にする「アジア太平洋地域」の安全保障の考え方と、湾岸戦争、イラク戦争、今回の「イスラム国」空爆と戦争が続き、米国自身が戦争の直接の当事者になっている中東に対する日本の関わり方とでは、米国に対する距離感からして異なるものでなければならないはずだ。

 中東に対する日本政府の状況認識が甘すぎるのではないだろうか。

 「イスラム国」からの声明で、「日本は十字軍に参加した」といわれた後、安倍首相は急遽、エルサレムで「人道的支援だ」と強調する。それも、多くの人々から指摘されているように、イスラエルの旗の横での記者会見なのであるが。

 日本国民には、日本が「イスラム国」との戦争に加担しているつもりはない。しかし、「イスラム国」側からも、欧米からも、「イスラム国」に反対するアラブ世界のメディアからも「日本が戦争を支援」と受け止められている。

 日本の自分の立場に対する「誤解」は、中東では欧米、アラブ諸国の政府も、そして「イスラム国」も、戦争という角を突きつけあっていて、「非軍事的」といっただけでは、戦争に関わらないという立場が存在しないということを理解していないかのようである。

 中東のように、実際に戦争が起こり、人々の命が失われている場所では、「非軍事的」であっても、どちらかを支援すれば、戦争への加担と見なされるのである。 (つづく)